他人の気遣いに涙した夜・・・の巻

本日は、私の仕事の年に一回の「山場」でした。
とあるホテルで会合があったのですが、失敗も多くメロメロな一日でした・・・(涙)。
大きな荷物を抱えて、事務所のあるビルのエレベーターを待っていた時のことでした。
夜遅い時間だったので、エレベーターの扉が開いてすぐに乗り込もうとしました。
すると、夜にしては珍しく、20歳前後の女性四人組が降りようとしたのです。
私はハッとして、四人が降りるのを待っていました。
すると、一人、残ったままの方が。疲れ切っていた私はイライラしながら、「なんで早く降りないんだ?こっちは大きな荷物を持って待ってるのに」とムッとしていました。
すると、エレベーターに残っていた女性は「どうぞ」と言うのです。この時初めて、私は彼女の気遣いに、ようやく気付くのでした・・・(涙)。
「ああっ、どうもすいません」と乗り込む私。行き先である八階のボタンを押すために、大きな荷物を下ろそうとしたその時、先の女性は「何階ですか?」と、聞いてくれたのでした。
「ああっ、スイマセン。大丈夫です」と言うのが、私にとっては精一杯でした。
「はい」と言って降りようとするその女性。冴えなく終わろうとした一日でした。でも、彼女のおかげで、感謝で終わることがでしました。
エレベーターを降りようとする彼女に、私は素直に「ありがとうございました」と言いました。
素っ気ない彼女の「いいえ」という返事に、救われた気がしたのでした・・・。
「佐賀の闘将」昭彦よ、競輪の勝負がシビレるものだと教えてくれた男よ・・・(涙)の巻

本日は、宇都宮記念競輪の初日。スポーツ新聞の出走表を見て嬉しくなりました。
何故なら11レースの特選のメンバーの中に、佐々木昭彦選手(43期・佐賀・47歳)の名前があったからでした。
私が競輪を好きになった頃、佐々木選手は、同郷の井上茂徳さんと共に九州を支える屈指の追い込み屋、そして名マーカーでした。
ガッツ溢れマークと小柄ながら練習や努力を積み重ねることを厭わない、そして誠実な人柄。佐々木選手を私は心の中で「昭彦先生」と呼んでいるのでした・・・(涙)。
年齢のせいもありましたが、ここ数年は特別競輪の優勝戦線からは遠ざかっています。そして、若手選手の育成に力と情熱を注いでいることを何かの記事で読んだことがありました。
47歳にして、未だにトップに立ち続け、しかも今日のレースでは、特選メンバーに名を連ねている・・・。年齢は関係ないんだ、ということを改めて、学ばせ頂きました・・・。現時点では仕事中のため、レースの結果は分かりませんが、明日も頑張って欲しいと思いました。
余談ですが、佐々木選手で思い出すのは、やはり「ふるさとダービー武雄」決勝戦。当時、最強の先行選手だった吉岡稔真氏の番手を佐々木選手、三番手を井上茂徳氏が固めて周回を終え、4コーナー最後の直線で佐々木選手と井上氏が競り合いながらゴールする、あの「死闘」を見て鳥肌が立ったのを今でも覚えています。勝負の厳しさ、非情さ、ペダルを懸命に踏みながら頭突きの応酬。すっかりシビレてしまいました。
「この競輪という競技(別の言い方をすれば格闘技)は本当におもしろい!一生付き合っていきたい、見続けたい」と覚悟を決めることができたのでした。
現在はルールも変わり、「横の闘い」は激減しましたが、それでも私は今でも競輪が大好きです。
本当におもしろいんです、競輪・・・(涙)。
さらに余談ですが、画像は、私の「ハズレ車券」が世の中に貢献しているのだということを自覚するために、敢えて撮影、掲載しました・・・(涙)。




