「ktm」を知らなかった私の巻
本日は仕事が終るのが遅くなり、21時過ぎに職場を出ました。
職場から自宅へ向かう便のバス停は、市内の中心部にあります。
バス停へ向かう途中、やけに若い方々がこちらに向かって歩いてくるのです。
「あれっ?今日はプロ野球のナイターでもあったかいな?」。
バス停の隣りに野球場があり、広島カープの試合があるのです。
しかし、カープのユニフォームを着た人も、メガホンを持った人もなく、
よく見れば、お揃いのTシャを着ています。
黒地にピンクの文字で「ktm」のTシャツ。
バス停までの道すがら、私は「ktm」の意味をずっと考えていました。
「TMネットワーク」のK版なのか、「京都満足」なのか、それ以外は思いつかず、
気づくとバス亭に到着していました。バスを並んで待っていると、私の列の後ろに
「ktm」のTシャツを着た若き女性(20代最初頃かなあ)4名が。
どうしても気になった私は、座席に座りいつものようにビールを飲みつつ、バスの中でくだんの女性の皆さんの会話を聞いていました・・・(といっても大きな声なので車内に響き渡っていたのです)。
「あーっ、最後の曲の●●●、良かったねー!」と話しています。
どうやらコンサートか何からしいことが分かってきました。
なんじゃろう?誰じゃろう?
結局、バスの中では分からずじまいでした・・・。
職場から自宅へ向かう便のバス停は、市内の中心部にあります。
バス停へ向かう途中、やけに若い方々がこちらに向かって歩いてくるのです。
「あれっ?今日はプロ野球のナイターでもあったかいな?」。
バス停の隣りに野球場があり、広島カープの試合があるのです。
しかし、カープのユニフォームを着た人も、メガホンを持った人もなく、
よく見れば、お揃いのTシャを着ています。
黒地にピンクの文字で「ktm」のTシャツ。
バス停までの道すがら、私は「ktm」の意味をずっと考えていました。
「TMネットワーク」のK版なのか、「京都満足」なのか、それ以外は思いつかず、
気づくとバス亭に到着していました。バスを並んで待っていると、私の列の後ろに
「ktm」のTシャツを着た若き女性(20代最初頃かなあ)4名が。
どうしても気になった私は、座席に座りいつものようにビールを飲みつつ、バスの中でくだんの女性の皆さんの会話を聞いていました・・・(といっても大きな声なので車内に響き渡っていたのです)。
「あーっ、最後の曲の●●●、良かったねー!」と話しています。
どうやらコンサートか何からしいことが分かってきました。
なんじゃろう?誰じゃろう?
結局、バスの中では分からずじまいでした・・・。
21歳の女子大生を泣かせてしまい、本当の涙の巻
本日、私の職場で、新卒学生さん向けの「合同企業説明会」がありました。
仕事上、私は受付に立ち、やって来られる学生さんの対応をしていました。
参加した学生さんは、受付で「訪問カード」に記入することになっています。
自分の名前、大学、連絡先などを記入するのですが、「自己PR」欄というのもあるのです。
受付で、どんどん「訪問カード」に記入して、会場に入っていく学生さん。ふと気づくと、約15分くらいでしょうか、ずっと座ったままの女の子が・・・。
どうしたのかと声をかけてみると、きちんと書きこんでいるのですが、「自己PR」欄だけ、空白なのです。
私はその子に質問してみました。
「これだけは他人に絶対に負けないものってある?例えば、星の名前は千個以上言えます!とか」「あとはお父さんやお母さん、友達や学校の先生に褒められたことは何かない?」。
その子はハッとした表情で私を見ているのですが、だんだん眼がうるんできて、なんと大粒の涙を流しながら泣き出したのです・・・。
どうしようかと思いました。仕方なく私は「トイレに行って、涙をふいてきんさい。戻るまで待っておくから」としか言えませんでした。
その子は席を立ち、小走りにトイレに向かって行ったのです。
しかし、待つこと約20分。その子は戻ってきません。
「気持ちが昂ぶり過ぎて帰ったのかなぁ。帰って悪いことしたなぁ」と後悔しました。
すると、同僚の女性が私に言うのです。「女性トイレで大きな泣き声が続いているんですけど、まちゃぽさん、何かご存知ですか?」と。
仕事上、私は受付に立ち、やって来られる学生さんの対応をしていました。
参加した学生さんは、受付で「訪問カード」に記入することになっています。
自分の名前、大学、連絡先などを記入するのですが、「自己PR」欄というのもあるのです。
受付で、どんどん「訪問カード」に記入して、会場に入っていく学生さん。ふと気づくと、約15分くらいでしょうか、ずっと座ったままの女の子が・・・。
どうしたのかと声をかけてみると、きちんと書きこんでいるのですが、「自己PR」欄だけ、空白なのです。
私はその子に質問してみました。
「これだけは他人に絶対に負けないものってある?例えば、星の名前は千個以上言えます!とか」「あとはお父さんやお母さん、友達や学校の先生に褒められたことは何かない?」。
その子はハッとした表情で私を見ているのですが、だんだん眼がうるんできて、なんと大粒の涙を流しながら泣き出したのです・・・。
どうしようかと思いました。仕方なく私は「トイレに行って、涙をふいてきんさい。戻るまで待っておくから」としか言えませんでした。
その子は席を立ち、小走りにトイレに向かって行ったのです。
しかし、待つこと約20分。その子は戻ってきません。
「気持ちが昂ぶり過ぎて帰ったのかなぁ。帰って悪いことしたなぁ」と後悔しました。
すると、同僚の女性が私に言うのです。「女性トイレで大きな泣き声が続いているんですけど、まちゃぽさん、何かご存知ですか?」と。
「リックサック」、良い曲です、私の携帯着メロです・・・(涙)
北のラーメンを食すも涙の巻
テーマとは関係ありませんが、画像は仕事帰りの新幹線で飲んだビールです。さえない一日の締めです・・・(涙)。来週の日曜日まで、私の住む都市部のデパートで「北海道展」が開催されています。北の大地の恵を当地で味わえ、堪能できるという毎年好評の企画とのこと。今回の目玉は「うにいくら丼」と「みそラーメン」の名店が初上陸というのが目玉企画でした。なかでも、ラーメン好きの私にとっては、「みそラーメン」は大いに気になる所でした・・・。「ああっ。あの名店のみそラーメンがこの地に!チャンスを逃すと次はないかも」と行ってきました。同展へ。外へ出る用事もできてこっそりと・・・。
平日の午後とはいえ、さすがにたくさんの人手。私は銀鮭や昆布には敢えて目もくれず、目的のラーメン店へ。幸い、予想に反して行列にはまだなっておらず、「みそラーメン」の食券を購入し、「待つ間」という至福の時を過ごすのです。一人で来られているお客さんもいたのですが、私は心の中で「あなたもお好きなんですね、ラーメン。私も好きなんですよラーメン」と話しかけていました・・・(涙)。
待つこと約5分、ついに私の目の前にあのみそラーメンが。いてもたってもいられず、私は早速無我夢中で、麺をすするのでした。「んんっ、おいしい!・・・・かなぁ?」、私の舌は「うまい」と言ってくれません。逆に「うーん、油っぽいぞ?」。
同展の広告チラシの写真を見て気持ちも高ぶっていたのですが、若干「写真より刻みチヤーシュウと白ねぎが少ない・・・」。
みそラーメンに対する「期待水準」と「実際の水準」のギャップが大き過ぎたせいか、私の評価は「うーん、いまいち」でした・・・。ただ、味覚に関しては個人差もありますし、主観的なものでもあるので、私個人の評価だととらえてください・・・。
心の中で涙しつつ帰ろうとすると、地元テレビ局が同展を取材されていました。願わくば、カメラの目の前を通ってしまった私が、夕方のニュースで出ないことを祈りました・・・(本当の涙)。
「決めて」いたから勝てた神山選手、「迷った」から負けた?吉岡選手
昨日に引き続き、第48回オールスター競輪(名古屋)決勝戦、優勝した神山選手の走りについて、いろいろ学ばせて頂きました。そのことについて、もう少し詳しく書かせて頂きます。
私は競輪の専門家でもなく(ファンですが)、直接選手本人からお話しを聞いたわけでもありません。ただ、オールスター決勝戦の翌日のスポーツ新聞記事、選手のコメント、新聞記者の視点、解説者の皆さんのコメントから、神山選手がなぜ優勝できたのか、その要因は日々の仕事、人生につながるものがあるのではないか、と興味深く記事を読みました。
2005年9月20日付けのスポニチ(関西版)とデイリースポーツ(関西版)のオールスターの記事を参考に考えました。
今回の決勝戦、話題は吉岡選手の「悲願のグランドスラム」が達成されるか否か、北日本の動向は?、地元金子選手は地元の意地を見せることができるか、に集中していたように思います。実際に、ファンのオッズもそれを見事に表していました。
神山選手の立場に立てば、関東は自分だけのまったくの単騎。しかも話題は自分に向けられていない。かつての「王者」「昨年の覇者」である神山選手にとっては寂しいものであったでしょう。しかも、直近のレースで「失格」までもらい、たとえ「優勝」できても、年末のグランプリ出場は分からない、という状況。
レース後のコメントが印象的でした(下記は同日付のデイリースポーツより引用)。
「1車だったし、自分の存在をアピールしたかった。(番手を狙ったのは)金子君が120%先行すると思っていたので。ジカで行くかは周回中の並びで決めた」。
1車ながら、先行するのは金子選手だと読み、自分が勝てる位置はこの番手であると「決めて」いた。これが優勝の一番の理由だったのではないでしょうか。
決めているからこそ、やるべきことは明確、あとはそれを実行するのみ。さすがにこれが実際にできるかどうかは、選手の努力に裏打ちされた能力、自信、勇気があるからこそ。
そして本当に優勝した神山選手、競輪選手としても、人間としても素直に「すごい」と思いました・・・。
私は競輪の専門家でもなく(ファンですが)、直接選手本人からお話しを聞いたわけでもありません。ただ、オールスター決勝戦の翌日のスポーツ新聞記事、選手のコメント、新聞記者の視点、解説者の皆さんのコメントから、神山選手がなぜ優勝できたのか、その要因は日々の仕事、人生につながるものがあるのではないか、と興味深く記事を読みました。
2005年9月20日付けのスポニチ(関西版)とデイリースポーツ(関西版)のオールスターの記事を参考に考えました。
今回の決勝戦、話題は吉岡選手の「悲願のグランドスラム」が達成されるか否か、北日本の動向は?、地元金子選手は地元の意地を見せることができるか、に集中していたように思います。実際に、ファンのオッズもそれを見事に表していました。
神山選手の立場に立てば、関東は自分だけのまったくの単騎。しかも話題は自分に向けられていない。かつての「王者」「昨年の覇者」である神山選手にとっては寂しいものであったでしょう。しかも、直近のレースで「失格」までもらい、たとえ「優勝」できても、年末のグランプリ出場は分からない、という状況。
レース後のコメントが印象的でした(下記は同日付のデイリースポーツより引用)。
「1車だったし、自分の存在をアピールしたかった。(番手を狙ったのは)金子君が120%先行すると思っていたので。ジカで行くかは周回中の並びで決めた」。
1車ながら、先行するのは金子選手だと読み、自分が勝てる位置はこの番手であると「決めて」いた。これが優勝の一番の理由だったのではないでしょうか。
決めているからこそ、やるべきことは明確、あとはそれを実行するのみ。さすがにこれが実際にできるかどうかは、選手の努力に裏打ちされた能力、自信、勇気があるからこそ。
そして本当に優勝した神山選手、競輪選手としても、人間としても素直に「すごい」と思いました・・・。


